大冊であり、現物史料への当たりかたはかなり執拗。また語りがおおよそ時系列に沿っているので、若年のコルビュジエの事績を辿りたい場合はよい参照源になりそうではある。
ただし「コルビュジエとオカルト」という問題意識は発想が先走りすぎ、結論のための史料集めになっている感が強い。しかも裏にあるのは、「オカルト」と言っても大雑把にフリーメーソン思想の影響のことのよう。同時代の一般的フリーメーソン的傾向の記述は細かいが、そことコルビュジエの建築思想の本質的な部分との交渉はほぼないと言ってよい。もとよりこうした人間心理と表現をまたぐ微妙な問題は、キー概念にたいする著者の定見が分析の方法論とその質にじかに反映されるものである。ことテーマが「オカルト」であり、論者自身がその語をタイトルに冠し、ある意味でその語の衝撃を「えさ」としているのだ。それを「えさ」と感じさせない著者のテーマへの洞察がほしかった。
上記に関連して、全体テーマと方法論をしめすための序が、だからほんとうは欠かせなかった。同書はバートレット校先輩のレイナー・バンハム『第一機械時代の理論とデザイン』に向けてのアンサー・ブックだと断られているが、
Le Corbusier's book on architecture...
was to prove to be one of the most
influential, widely read and least
understood of all the architectural
writings of the twentieth century...
にたいする解法を与える書としては、これは認められない。
あるいは個人的な研究興味からすれば、コルビュジエの「精神」強調はある面においてラスキンのSeven Lampsの影響が強いことは明らかなので、オカルト文脈でも触れられているだろう、と思った。著者自身もそこの重要性は感じていたらしく、示唆というかたちでそこに触れてはいる。しかしむずがゆい。芸術学校図書目録を調べるのと当時著作の羅列紹介くらいでは何も語ったことにはならない。思わせぶりにそれなりにページを割いているだけに、そのむずがゆさはなおのことである。
しかし、『ごまとゆり』をあげた話、「ラスキン由来のイギリス美学が概説書をとおしてラショードフォンにもたらされた」話などは傍流ではあれ知見になった。
なお、「1917年1月13日、雪のしずかに降るなか、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレはラ=ショー=ド=フォンの鉄道駅に佇んでいた」の出だしまで疑わしくなったものの、注で確認したら、そこは当時記事でウラをとってあるんだあ、と。そのへんは歴史家のヘキ。
※ちゃんとした書評を書くばあい、最初の二行を二〇倍にしなければならないのだろう。
だが、バートレット校のバンハム旒がバンハムへのアンサー・ブックとして書いたと公言している以上、知的エリートの書として上記のような手落ちがあまりにも目につく。
※「結局コルビュジエの神秘主義への関与はわからなかった」ということなのだから、自分であれば史実蓄積の隠喩としてA Mystery constructed: towards the Corbusier's wholeとか題する、、、か。